ゼロの保管庫 別館

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「本当に……行くのか?」  マルトーはシエスタの肩を揺する。シエスタは硬い表情ながらも決然とうなずいた。 彼女の手にはラ・ヴァリエール公爵からの要請状が握られている。メイドとしてシエスタを雇いたいという内容だ。給金は名家であることを割り引いてもかなり高い。そもそも、メイドを名指しで雇用したいという話自体、かなり特殊な話だ。有力貴族からのこの手の申し出の多くは、そのほとんどが妾を求めるものだ。 「ラ・ヴァリエール公と言えばちょうどシエスタの両親と同じ年頃の人だぞ?そんな男の……」  マルトーの言葉にシエスタは悲しげに、だが小さく噴き出した。 「私、サイトさんに仕えていたときにはミス・ヴァリエールのお世話も少ししているんですよ?お屋敷を訪問したときにも、むしろ子供扱いしかされませんでしたし」  言いつつもシエスタ自身も不安を感じてはいる。ただ、それはマルトーが予測しているような類のものではない。実は王宮から「ルイズを救ってくれ」という内々の伝言が来ているのだ。妾になるよりたちの悪い話かもしれない。  それでもシエスタは小指を見つめて思った。 (サイトさんに、お願いされたし)  ルイズと友達でいてくれ。サイトが地球に帰ったときに言っていた言葉。最後はルイズの勝ちで、でも意味のない勝ちで。それでもサイトとの約束は守ろうと思う。サイトが帰って、ルイズが呆けた様子で公爵に連れられて学院を卒業してもう7年になる。  シエスタは使い慣れたメイド仕事道具一式を背中に背負うと馴染んだ学院をあとにした。


 ラ・ヴァリエール邸に着くと、メイド長とともにシエスタを迎えたのはルイズそっくりの姉、カトレアだった。以前に会ったときには穏やかな感じだけだったが、今は憂いを帯びている。 「本当に待っていたわ、シエスタさん」  学院の生徒たちとは違う、しっかりした貴族の女性に声を掛けられるのはやはり慣れない。それにわざわざ「さん」をつけられる時点で恐縮してしまう。カトレアは小さく笑って言った。 「そんなの当然よ。あなたにはとても大変なお仕事をしてもらう予定だから……私やお父様、お母様、エレ姉様に出来なかった仕事を」  シエスタは唾を飲んでカトレアを見つめる。カトレアは言った。 「私はたまに覗くけど、もうお父様、お母様もルイズのこと……ルイズに会うのは7年ぶりよね……覚悟して、ついて来て」  カトレアはシエスタを案内する。数人のメイドと執事に哀れむような視線を浴びせられたのを敏感に感じ取る。シエスタは気後れしながらも、やはり逃げ出さないぞと腹に力を入れる。 「ルイズ、新しいメイドさん」  カトレアが部屋の前で声を掛けると、ドアがぎしり、と鳴る。木製に見えるが金属のような軋む音が聞こえた。カトレアはもう一度声を掛ける。 「たぶん、ルイズがそんなに、嫌いにならない人だと思うの」  少しの沈黙を挟んで、暗い声が聞こえる。 「死ぬわよそいつ。いや、一緒に死んでもらおうかしら」  再び爆音が鳴って、そして静まる。シエスタはうなずいて小さく「お任せください」とカトレアに囁くとドアノブに手を掛けた。それだけで室内に鬱屈した虚無の気配を感じる。だがそれでもシエスタは扉を開けた。室内はカーテンが締め切られて真っ暗だ。 「今日からお世話させていただきます」 「また生贄が来たの?」 「生贄じゃありません。馬鹿で根性なしで貧乳のお嬢様のお世話係です」  部屋の奥、ベッドの上で息を飲む気配を感じる。シエスタはベッド脇に進んだ。 「ミス・ヴァリエール。お久しぶりです」 「……シエスタ?」  闇に目が慣れてくる。目の前のルイズは少し大人になり、体は動いていないせいかむしろ小さくなったような印象を受けた。蝋燭に火を灯すと顔がよく見える。桃色の髪は以前より長く伸び、頬は若さの赤みを失っている。 「私に仕えたら、人生終わるわよ。引きこもりだし、苛立ち紛れでエクスプローション使うから今じゃ家の中ですら見捨てられてるし」  シエスタは頬を膨らませて言った。 「それでも家に引き篭もってられるだけいいご身分です!私なら食べてくために」  ルイズは手を振ってカーテンを指差した。シエスタはカーテンを開けようとして手が止まる。窓には太い鉄格子がはまっているのだ。ふと思って扉を振り返る。扉にも金属が打ち付けられ、魔法なのか怪しげな光を帯びている。 「これ、高級なのよ。外からは普通の窓にしか見えないの。扉だって木だと思ったでしょ。魔法で気づかれないように出来ているの。貴族の家系に都合の悪い人間が出て、でも死刑に出来ない場合に使うわけ。普通の貴族に仕えた程度じゃ見ることないわよ……座敷牢なんて」  シエスタは息を呑む。ルイズが顔を上げた。 「暴れたんだ。サイトに会いたいって異世界に行く道探すって騒いで……家のお金にちょっと手をつけて……それだけじゃなく、サイトを悪く言う執事を、虚無でやっちゃって」 「ミス・ヴァリエール……」 「反省しろとか言われて、そのときにまたサイトの悪口。暴れた。虚無で両親吹き飛ばして鎮静剤打たれて……気づいたらこの部屋。来るメイド来るメイド私を哀れむこと言って、でも外に言って言ってるの、壊れ姫って。窓際仕事、看守って!」  シエスタはルイズの肩に手をかける。ルイズは手を振って叫ぶ。 「あんたも早く逃げて!私また、馬鹿やるから!それに私についてたってぜっっったいメイド長なんて夢の夢なんだから!せめて」  再びシエスタはルイズの肩を抱き寄せる。ルイズは再び振り払おうとして、だが途中で力を抜いて泣きながら言った。 「サイトが、大事にしてた、メイドを傷つけるのだけは、やなの!」  ぱちん。ルイズの頬が鳴った。ルイズは呆然とする。シエスタの目に涙が溜まっていた。 「情けないです」  ルイズはぼんやりとシエスタを見上げる。シエスタは言葉を続けた。 「情けないです!私も、アンリエッタ陛下もティファニアさんにも勝ったあなたがこのていたらくなんて、私たちが情けないです!」 「……え」 「サイトさんが地球にお帰りになった際、私たち各々サイトさんに抱きつきましたよね。でも全員途中で押し戻されて、握手したんです……ギーシュ様やマリコルヌ様と同じように」  ルイズの目が大きく見開かれる。シエスタは無視するように言い募る。 「なのにあなたは、サイトさんに抱きしめてもらって。キスしてもらって。陛下ですら殿方と同じ扱いなのに!そんなあなたが自棄になってるだけなんて私たち、惨めすぎます!」  ルイズは目を目を落とす。シエスタは言った。 「今日すぐ、なんて言いません。でもこのまま座敷牢にいるなんて、私やアンリエッタ陛下への最大の侮辱、許しません」  やっとルイズは7年ぶりにかすかな笑みを浮かべた。


「すごいわよね、あの子」 「もしかして実は没落貴族で水魔法が使えるとか?」 「モンモランシ家の当主にまでお願いして治せなかった病なのよ?」  一年後。ラ・ヴァリエール家の魔法と関わらない事務の多くを処理するルイズと、それを支えるメイドは奇跡としてラ・ヴァリエール家の賞賛となっていた。  だが同時に二人、とくにシエスタには悪い噂がつきまとっていた。 「でもあの子、妾でしょ」  メイドたちがうなずく。一人は吐く真似をして言う。 「公爵様とか、他の貴族で老人とかぶ男なら我慢できるけど私は幾らお金あっても無理だわ。友達みたいな付き合いした、同性の妾なんて」 「プライドとかないの?それとも変態同士だからいいわけ?」  くすくすと笑う。変態メイド、と陰で笑われているのはシエスタ自身わかっている。だが、それを無理に否定はしない。なぜなら。 「シエスタ、今夜」  ルイズが上目遣いでシエスタの胸元を見て囁く。シエスタは暦を確認してうなずく。  月の日が近づくと狂いそうなほどうずくらしい。これだけは心が持ち直した今でも無理だ。コルベールが作った写真機で残したサイトの写真を抱きしめながら狂ったように自慰するルイズを思わず慰めてしまった。たった1回の過ちはそのまま定例になり、過激になっていった。 「シエスタ……」  荒い息でルイズが体を寄せる。その趣味はないシエスタは身震いするが、押し隠してルイズの体を抱きしめ、服をめくりあげる。唯一の救いはキスを求めないことだろう。キスは……サイトとしかしないそうだ。  下着を脱がせて手を股間の茂みに潜らせる。既に湿りを帯び、指先が滑り込みそうになる。ルイズの舌がシエスタの首筋を這い回る。シエスタもルイズの足の指先を一本一本、丹念に舐めてやる。 「シエスタ……サイトぉ」  ルイズの頭の中ではシエスタの舌はサイトの舌になっているのかもしれない。だがむしろその方がましかもしれない。本気でルイズに異性のように愛されるのはご免だ。シエスタは舌を次第にふくらはぎ、太股へと上らせていく。  牝の匂いが鼻をつく。シエスタはルイズの太股に歯を立てた。 「いっ!シエスタぁ……くふん」  中から蜜が流れる。口で受け止め、そっとベッドに吐き出す。ルイズも自分の白々しい行為はわかっている。ルイズもシエスタに愛されたいと思っているわけではない。友達であり、夜は……サイトの代わりでしかない。 「あふ、もっと、奥、舐めて」  シエスタは中心に舌を這わせる。マルトーの心配を思い出し苦笑したくなる。やってることは同じかもしれない。 「食べて、私のこと、食べて」  ルイズの言葉に、アヌスと尻を嬲る。ルイズの声が室内に響く。もう鉄格子も金属扉もないこの部屋では、聞き耳を立てられれば何の声を発しているか誰でもわかるに決まっている。シエスタは顔が濡れるのも構わずルイズの秘所を舐め続ける。  窓から二つの月が見えた。ふと、座敷牢に閉じ込められたのは自分かもしれないとシエスタは苦笑して、さらにルイズの秘所を嬲り続けた。


 いつもの行為が終わり、ルイズは気だるげに窓の外を眺めて言った。 「ごめん」  シエスタは身支度を整えて頭を振り、そして言う。 「それほど嫌なら、お断りしていますよ」 「嘘。あなた終わった後……吐いてる日もある……ごめん。本当にごめんなさい」  シエスタはルイズの頭を叩き、そして背中から抱きしめて言った。 「今は……リハビリですよ。ただ、ちょっとこの部屋の壁は薄いのが気がかりですけど。虚無の魔法で叩いたらすぐ壊れそう」  ルイズはうん、と小さくうなずいた。と、ルイズは急に立ち上がった。 「まさか、あれって!」  ルイズは「始祖の書」に飛びつき、狂ったように読み始めた。シエスタは再び壊れたかと唇を噛んで背中を見つめる。だがルイズは上気した顔で言った。 「この呪文の意味、わかった!」  シエスタはルイズの顔を見つめる。ルイズはきゃっきゃとはしゃいで服を着ると自分でベッドの乱れを直し、慌てて化粧をして杖を握った。 「何を、するんですか」 「壁、壊すの!」  シエスタが怒鳴ろうとするとルイズは笑って言った。 「『世界破壊呪』。恐ろしい魔法だと思ってた。実際怖い魔法よ。でももう一度よく読んでみた。これは、世界の壁を壊せるの……サイトと、私を隔てる世界の壁だって!」  ルイズは狂ったように呪文を唱え始める。慎重に、と叫ぶシエスタを笑い飛ばし、恐ろしいほどの長い詠唱が淀みなく流れる。 (凄いわ。これは本当、いけるかもしれない)  部屋が発光を始める。周囲に魔法学者がいたら王室にトリステイン全軍の派遣を要請するに違いないほどの狂気的な魔力が邸内に満ちる。両親を始め邸内の人間が集まるが、あまりの魔力の奔流に誰も手を出せない。  最後の呪文を唱える。禍々しい闇の裂け目が空中に現れる。ルイズはまばたきもせずにその裂け目に手を突っ込む。 「サイト……サイト、会いたい、会いたいの。会いたかった、早く、早くサイト……」  部屋が暴発し、ヴァリエール邸の3分の1が消滅した。


「呼ばれて飛び出てなんとやら、じゃねえーか、なあ相棒!」  ふざけた声が土煙の中に聞こえる。シエスタは埃を払って土煙の向こうを見つめる。見慣れない服装の―地球で言うネクタイスーツ姿―の男がルイズを抱えて現れた。 「サイト、様?」  ルイズが独占欲の塊の目でシエスタを睨む。ああ、戻ったんだとシエスタは確信する。 「やっと営業ノルマいけるって思ってたら……ハルケギニア?」 「サイトぉ……」  ルイズはいきなりサイトの唇を奪った。周りの視線も構わずサイトの顔中にキスを浴びせる。サイトもルイズを抱きしめて、傍らのシエスタに声を掛けた。 「俺、こっちで仕事あるかな。向こうじゃ一人暮らしだから仕事辞めても迷惑にはならんけど」 「ルイズ様の騎士・助手が欲しいところです。あと」  シエスタがルイズに目を向ける。ルイズは一瞬口を尖らせて、だが目を輝かせて言った。 「トリステイン貴族としては私そろそろ行き遅れが目の前で……お婿さんも欲しい」  シエスタはルイズの頬をつねって言った。 「今までの埋め合わせ、ちゃんとして下さいね」  ルイズは笑って答えた。 「サイト以外の褒美なら、何でも」

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