冷静に考えれば、入れ替わるなんてことは普通はあり得ない話だ。
もし聖の仮説が本当だとすれば、いま目の前にいるのは生田衣梨奈ではなく、亀井絵里だということになる。
聖が憧れてやまなかった存在である彼女が、聖の目の前でなにを食べようか悩んでメニューを開いているのだ。
どうもそれも、しっくりこなかった。
もし聖の仮説が本当だとすれば、いま目の前にいるのは生田衣梨奈ではなく、亀井絵里だということになる。
聖が憧れてやまなかった存在である彼女が、聖の目の前でなにを食べようか悩んでメニューを開いているのだ。
どうもそれも、しっくりこなかった。
「聖はなににすると?」
「へ?え、あー……じゃあ、コレかな」
「じゃあ衣梨奈はこっち」
「へ?え、あー……じゃあ、コレかな」
「じゃあ衣梨奈はこっち」
ふたりで注文を決めるとウェイターは頭を下げて厨房へと歩いていく。
衣梨奈―――中身は亀井絵里である―――は水の入ったコップを両手で持って飲んだ。
彼女のそんな些細な仕草に思わずドキッとして、目を逸らす。
やっぱりこの人は衣梨奈本人ではないか?亀井絵里であるはずがないと聖は心の中で思う。
衣梨奈―――中身は亀井絵里である―――は水の入ったコップを両手で持って飲んだ。
彼女のそんな些細な仕草に思わずドキッとして、目を逸らす。
やっぱりこの人は衣梨奈本人ではないか?亀井絵里であるはずがないと聖は心の中で思う。
「もうすぐやねぇ、冬ハロー」
「え。あ、ああ、うん。そうだね」
「1年経ったっちゃね。1年前、冬ハローのステージで9期加入したっちゃね」
「え。あ、ああ、うん。そうだね」
「1年経ったっちゃね。1年前、冬ハローのステージで9期加入したっちゃね」
彼女の言葉に聖は頷いた。
あの新春のハロープロジェクトのコンサートでサプライズ発表が起きたのはちょうど1年前だ。
聖はハロプロエッグとして、ステージの上から、9期メンバー合格者をただ見ているしかできなかった。
キラキラ輝いた舞台に立っている9期の「先輩」たちが羨ましくて、自己紹介もぼんやりと見ていた。
だが、急に世界の色が変わった。
聖はハロプロエッグとして、ステージの上から、9期メンバー合格者をただ見ているしかできなかった。
キラキラ輝いた舞台に立っている9期の「先輩」たちが羨ましくて、自己紹介もぼんやりと見ていた。
だが、急に世界の色が変わった。
―――譜久村、おいで
もうひとり、メンバーに加えたいとプロデューサーのつんく♂が発表し、自分の名前が呼ばれた。
次の瞬間には灰色だった世界に光が射し、眩しく輝いた憧れのモーニング娘。と同じ場所に聖は立っていた。
それから過ぎ去った怒涛の日々。
同期と過ごしてきた時間はかけがえのないもので、泣いた日も笑った日も怒った日も、全部全部、聖の宝物だった。
次の瞬間には灰色だった世界に光が射し、眩しく輝いた憧れのモーニング娘。と同じ場所に聖は立っていた。
それから過ぎ去った怒涛の日々。
同期と過ごしてきた時間はかけがえのないもので、泣いた日も笑った日も怒った日も、全部全部、聖の宝物だった。
「……えりぽんで良かった」
「え?」
「えりぽんと、里保ちゃんと、香音ちゃんが同期で良かったって思う」
「え?」
「えりぽんと、里保ちゃんと、香音ちゃんが同期で良かったって思う」
聖は率直にそう伝えた。
嘘偽りのない言葉に彼女は「そっか」と笑って頷いた。その大人びた表情に、聖の中の消えかかった疑念がまた浮かび上がる。
普通の友人とは少し違う、特殊な絆で結ばれた同期を疑うこと自体が恥だとは分かっていた。
だが、その疑念が広がり、心を蝕む以上、聖は前に進まなくてはいけない。
とはいえ、次に口にする言葉が思い浮かばないのも事実であった。
嘘偽りのない言葉に彼女は「そっか」と笑って頷いた。その大人びた表情に、聖の中の消えかかった疑念がまた浮かび上がる。
普通の友人とは少し違う、特殊な絆で結ばれた同期を疑うこと自体が恥だとは分かっていた。
だが、その疑念が広がり、心を蝕む以上、聖は前に進まなくてはいけない。
とはいえ、次に口にする言葉が思い浮かばないのも事実であった。
「お待たせいたしました」
そのとき、助け舟のようにウェイターがやって来た。
彼はふたりの前にセットのサラダを出し、「お料理の方、もう少々お待ちください」と言い残して立ち去った。
正直、助かったと思ったのも束の間、彼女はひょいと聖の前に箸を差し出した。
彼はふたりの前にセットのサラダを出し、「お料理の方、もう少々お待ちください」と言い残して立ち去った。
正直、助かったと思ったのも束の間、彼女はひょいと聖の前に箸を差し出した。
「ありがと」
「ンフフー。じゃ、いただきまぁす」
「ンフフー。じゃ、いただきまぁす」
聖もその声に倣い、サラダを取った。
緑黄色野菜が皿の中に所狭しと並び、美味しく食べてねとこちらにアピールしている。
ドレッシングも良いアクセントとなり、聖は空腹も相まって黙々と食べ勧めていた。
緑黄色野菜が皿の中に所狭しと並び、美味しく食べてねとこちらにアピールしている。
ドレッシングも良いアクセントとなり、聖は空腹も相まって黙々と食べ勧めていた。
「聖、がっつきすぎ」
「だって…お腹空いてたんだもん」
「ふふ。でも美味しいっちゃね」
「だって…お腹空いてたんだもん」
「ふふ。でも美味しいっちゃね」
笑った彼女に対して「そうだね」と返そうとしたとき、聖は箸を持つ左手が震えた。
そんなこと、あり得るわけがないじゃないか。どうしていままで気が付かなかったのだろう。
聖はゆっくりと箸を下ろし、凝視する。彼女は聖の視線に気付くことなく、自分の分のサラダを美味しそうに口に運んでいた。
箸で野菜を掴み、持ち上げ、口に入れるという実に無駄のない動作。そこには「無理やり」なんてものはない。
野菜嫌いで、野菜ジュースすら飲むことを拒否する衣梨奈が、美味しそうにサラダを食べるわけがない。
そんなこと、あり得るわけがないじゃないか。どうしていままで気が付かなかったのだろう。
聖はゆっくりと箸を下ろし、凝視する。彼女は聖の視線に気付くことなく、自分の分のサラダを美味しそうに口に運んでいた。
箸で野菜を掴み、持ち上げ、口に入れるという実に無駄のない動作。そこには「無理やり」なんてものはない。
野菜嫌いで、野菜ジュースすら飲むことを拒否する衣梨奈が、美味しそうにサラダを食べるわけがない。
そもそも、そこまで食べたくないものを、わざわざ注文するはずがない。
普段の衣梨奈ならば、聖がサラダやスープのセットを頼んだとしても、自分は断固、単品のみを注文していたはずだ。
普段の衣梨奈ならば、聖がサラダやスープのセットを頼んだとしても、自分は断固、単品のみを注文していたはずだ。
そこで聖は確信した。
同期で良かったと心の底から呟いた直後にこんな確信には至ってほしくなかった。
でも、認めざるを得ない。
入れ替わりであるかどうかはさておき、目の前の彼女は、野菜嫌いの生田衣梨奈ではないのだから。
同期で良かったと心の底から呟いた直後にこんな確信には至ってほしくなかった。
でも、認めざるを得ない。
入れ替わりであるかどうかはさておき、目の前の彼女は、野菜嫌いの生田衣梨奈ではないのだから。
「えりぽん……」
「うん?」
「うん?」
彼女は野菜を口に頬張って顔を上げる。
ハムスターのような小動物のような表情に思わず苦笑する。
ああ、もう、困るよ。
悩んでしまう。言うのを躊躇ってしまう。
ねえ、惑わせないで。私の決心を、鈍らせないでよ。
ハムスターのような小動物のような表情に思わず苦笑する。
ああ、もう、困るよ。
悩んでしまう。言うのを躊躇ってしまう。
ねえ、惑わせないで。私の決心を、鈍らせないでよ。
「えりぽんじゃ、ないんだよね?」
「………え?」
「あなたは、生田衣梨奈じゃないんでしょ?」
「………え?」
「あなたは、生田衣梨奈じゃないんでしょ?」
唐突な聖からの質問に箸が止まる。ゆっくりと野菜を租借し、水で流し込む。
次の言葉が出てくる前に、ウェイターがメインの料理を持ってきた。ふたりは一応笑顔でそれを受け取ると、彼は恭しく頭を下げた。
次の言葉が出てくる前に、ウェイターがメインの料理を持ってきた。ふたりは一応笑顔でそれを受け取ると、彼は恭しく頭を下げた。
「……聖、どういうこと?」
出てきた料理には手を付けず、ふたりは真っ直ぐに見つめ合って話を始めた。
揺れている瞳の奥を覗き込む。色がはっきりとは見えないけれど、逸らすことなく自身を映した。
衣梨奈の黒目がちで真っ直ぐで、そして熱い眼差しに射抜かれると、聖は太刀打ちできなくなる。
鈍ってしまう決心を奮い立たせ、震える脚にを叩き、聖は見つめ返した。
揺れている瞳の奥を覗き込む。色がはっきりとは見えないけれど、逸らすことなく自身を映した。
衣梨奈の黒目がちで真っ直ぐで、そして熱い眼差しに射抜かれると、聖は太刀打ちできなくなる。
鈍ってしまう決心を奮い立たせ、震える脚にを叩き、聖は見つめ返した。
「いつから、そんなに、野菜、食べられるようになった?」
「いつから……?」
「えりぽんは、野菜、食べられないはずだよ。野菜ジュースだって、飲めないくせに」
「いつから……?」
「えりぽんは、野菜、食べられないはずだよ。野菜ジュースだって、飲めないくせに」
言葉を短く切り、ひとつひとつを的確に伝える。
まるでそこにいるだれかに言い聞かせるように聖は言葉を発する。
まるでそこにいるだれかに言い聞かせるように聖は言葉を発する。
「……努力、してるんです…っちゃよ。やっぱ食べれんと…ダメ、でしょ」
「あんなに断固として食べなかったのに?」
「だから、いつまでもそんな子どもみたいなこと言ってられんやん…」
「あんなに断固として食べなかったのに?」
「だから、いつまでもそんな子どもみたいなこと言ってられんやん…」
明らかな動揺が広がり、普段は聞けない博多弁と関東の標準語が入り混じり酷い事故が起きている。
聖はひとつ息を吸って、吐き出した。
聖はひとつ息を吸って、吐き出した。
「えりぽんのお願いごとってなに?」
「は?」
「モーニング娘。に入るとき、えりぽんはなにをお願いした?」
「は?」
「モーニング娘。に入るとき、えりぽんはなにをお願いした?」
その質問を聞いた後も、視線は泳いで定まらない。
先ほどの野菜の件と言い、モーニング娘。に入るときに願ったことを答えられないことと言い、もうこれは確定だった。
彼女は、生田衣梨奈ではない―――
先ほどの野菜の件と言い、モーニング娘。に入るときに願ったことを答えられないことと言い、もうこれは確定だった。
彼女は、生田衣梨奈ではない―――
「………えりぽんは、何処ですか?」
聖は悩ましげに眉を寄せて彼女を見た。
彼女が生田衣梨奈ではない以上、本物の生田衣梨奈は何処にいる?
もし仮説通り、目の前の人が絵里であるとしたら、衣梨奈は絵里として生きているのだろうか。ずっと黙って、ひとりで。
彼女が生田衣梨奈ではない以上、本物の生田衣梨奈は何処にいる?
もし仮説通り、目の前の人が絵里であるとしたら、衣梨奈は絵里として生きているのだろうか。ずっと黙って、ひとりで。
「教えてください、亀井さん―――」
そう名を呼んだ瞬間、彼女は目を見開いた。
それが答えだ。
聖は咄嗟に立ち上がる。絵里は訝しげに聖を見るが、構わずに自分の料理の代金を机に置き、絵里に背を向けた。
それが答えだ。
聖は咄嗟に立ち上がる。絵里は訝しげに聖を見るが、構わずに自分の料理の代金を机に置き、絵里に背を向けた。
「ま、待ってフクちゃん!」
絵里は慌てて追い駆けようとするが、支払いを済ませないとと財布を探す。
残念なことに散乱した鞄の中から自分の愛用財布を見つけ出すのは至難の業だった。
ごめんなさいガキさん。今度こそ言われた通り、ちゃんと鞄の中も整理します。
そうやって心の中で謝って伝票と聖の支払代金を持ってレジへと急いだ。
残念なことに散乱した鞄の中から自分の愛用財布を見つけ出すのは至難の業だった。
ごめんなさいガキさん。今度こそ言われた通り、ちゃんと鞄の中も整理します。
そうやって心の中で謝って伝票と聖の支払代金を持ってレジへと急いだ。