生田衣梨奈は鼻歌交じりに事務所に入った。
大先輩である亀井絵里と入れ替わったあの日から事務所へ来るのは初めてだった。
中身は衣梨奈であるとはいえ、外見はどこからどう見ても、絵里。そんな彼女が事務所へ入ってくれば大騒ぎになることは目に見えていた。
大先輩である亀井絵里と入れ替わったあの日から事務所へ来るのは初めてだった。
中身は衣梨奈であるとはいえ、外見はどこからどう見ても、絵里。そんな彼女が事務所へ入ってくれば大騒ぎになることは目に見えていた。
だから今日の今日まで、此処には来なかった。
でも、そうは言っても逢いたいという気持ちが先行する。
同期に、先輩に、後輩に、みんなに、逢いたい。
でも、そうは言っても逢いたいという気持ちが先行する。
同期に、先輩に、後輩に、みんなに、逢いたい。
絵里に内緒で事務所に来たが、バレてしまったらちゃんと謝ろう。
怒られたって良い。とにかく少しだけ話して帰れば良い。
怒られたって良い。とにかく少しだけ話して帰れば良い。
そうして衣梨奈は事務所の廊下を歩いていると、ある部屋から声がした。
「だーー、うるさい!」
その声の持ち主は、紛れもない、新垣里沙のものだった。
久しぶりに聞いたその声に衣梨奈は嬉しくなり、扉の前に立つ。そっと扉を開け、隙間から中を窺う。
久しぶりに聞いたその声に衣梨奈は嬉しくなり、扉の前に立つ。そっと扉を開け、隙間から中を窺う。
「ガキさんの方がうるさいっちゃ」
「さすが昭和なの」
「さすが昭和なの」
すかさずそこにツッコミを入れたのは6期メンバーの田中れいなと道重さゆみだった。
「あんたたちとひとつしか違わないでしょーが」
「いや、平成と昭和でここに明確な差がありますね」
「そんなものはない!」
「いや、平成と昭和でここに明確な差がありますね」
「そんなものはない!」
相変わらずだなあと思いながら衣梨奈が扉に手をかけると、聞き慣れた声が飛んできた。
「新垣さぁん、これやってくださいー」
その声の持ち主を、衣梨奈はよく知っている。
知らないわけがない。それは、自分と最も近い人物。というよりも、自分が14年間付き合ってきた生田衣梨奈そのものだった。
知らないわけがない。それは、自分と最も近い人物。というよりも、自分が14年間付き合ってきた生田衣梨奈そのものだった。
「生田は甘えん坊やなー」
衣梨奈の勘を決定づけたのが、光井愛佳の声だった。
愛佳は怒ったような、ともすれば呆れたような口ぶりではあるが、その視線は優しく、だれかを見守っているかのようだった。
高鳴る鼓動を押さえながら、衣梨奈はその視線を追うと、そこには果たして、「生田衣梨奈」がいた。
愛佳は怒ったような、ともすれば呆れたような口ぶりではあるが、その視線は優しく、だれかを見守っているかのようだった。
高鳴る鼓動を押さえながら、衣梨奈はその視線を追うと、そこには果たして、「生田衣梨奈」がいた。
「あんた自分でできるでしょー」
「できませーん」
「できませーん」
亀井絵里、いまは外見が生田衣梨奈である絵里がそこにはいた。
絵里は照れたように笑いながら、里沙と話していた。里沙も口では嫌がりながらも、苦笑しながら絵里と話している。
その笑顔は、真っ直ぐで、透明で、そして輝いていて、衣梨奈の心臓はぎゅうと締め付けられた。
絵里は照れたように笑いながら、里沙と話していた。里沙も口では嫌がりながらも、苦笑しながら絵里と話している。
その笑顔は、真っ直ぐで、透明で、そして輝いていて、衣梨奈の心臓はぎゅうと締め付けられた。
そんな笑顔、いつもしてましたっけ?と衣梨奈は心の中で呟く。
いつも傍にいたその人は、いま、こんなにも遠くに居るのだと衣梨奈は思い知る。
いつも傍にいたその人は、いま、こんなにも遠くに居るのだと衣梨奈は思い知る。
そしてもうひとつ。
衣梨奈がひとりで家にいるとき、絵里は此処で笑っていたんだと思う。
衣梨奈がひとりで家にいるとき、絵里は此処で笑っていたんだと思う。
分かっている。
絵里が衣梨奈としてどれほど努力しているかを。
感じなくて良いストレスを感じ、外の世界で闘ってきているかを。そんなこと、衣梨奈だって分かる。
絵里が衣梨奈としてどれほど努力しているかを。
感じなくて良いストレスを感じ、外の世界で闘ってきているかを。そんなこと、衣梨奈だって分かる。
分かるのに。
分かるのに衣梨奈は、知らぬうちに、拳を握りしめていた。
分かるのに衣梨奈は、知らぬうちに、拳を握りしめていた。
里沙の笑顔も、絵里の笑顔も、輝いた可愛いものだったのに、衣梨奈はどうしても、笑うことができなかった。
衣梨奈はドアを開けることはせず、そのまま事務所の廊下を歩いていった。
衣梨奈はドアを開けることはせず、そのまま事務所の廊下を歩いていった。
この感情を、人は、「嫉妬」とでも呼ぶだろうかと、目に浮かんだ涙をぐいと拭った。
「些細な痛み」おわり