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FFとBBのドップラーなナイトメアポリス -2-

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匿名ユーザー

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229 :投下します :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:09:49.53 ID:OyGrqrs90
 前の続き
 FFとBBのドップラーなナイトメアポリス


 引き続き、博士から与えられた指令に則って行動する二人は結局、入店を断念して専ら露店を梯子していた。
 露店なら客層も容易に判断できるし、間違っても岩石を出すことは無い。
 何より動き回りながら食べられるので、行動的なヴァジュリーラには打って付けだ。

「今度は何を買ったんだ?」
 何時の間にかいなくなり、何時の間にか帰ってきた隣人にマンダレーラが問いかける。
 隣人のヴァジュリーラは底の深いカップに入ったポップコーン状の菓子を口に入れては、頻りに顎を動かす。

「『エクスプローズ・コーン』という菓子だ。口に入れる度、添加物が爆ぜて面白いぞ?」
「美味しいのか?」
 論より証拠。菓子を一つ取って、マンダレーラの口目掛けて放り投げる。
 すると狙い済ました通りに菓子は口に収まり、すぐに添加物が爆ぜる。

 と言っても、当然爆発物のような衝撃はなく。
 適度に舌を刺激する程度で同時に、ほのかな甘みも溶け出して中々、心地いい。
「なるほど。悪くない」
「気に入ったなら買ってこようか?」
「それには及ばない」



230 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:12:58.01 ID:OyGrqrs90
 今まさに買いに行こうとする少女を手で制止。そろそろ別のところへ行くよう提案する。
 これに対してヴァジュリーラが一瞬、躊躇するが。
 本末転倒は彼女自身も望まないので、仕方なく提案を受け入れた。

「また来ればいいのさ」
 不満げな顔をする少女の頭を軽く撫で、指令書を取り出す。
 歩きながら内容を確認すると、二人は今までと違って明確に記された目的地に向かう。

 それは「買い食いしろ」や「店に入れ」などの漠然とした内容ではなく。
『××地区で開催されている美術展に入場すること』と、他と比べて具体的に書かれていた。

 果たして二人は、交通機関を経て目的の美術展がある街に到着した。
「ここも久しぶりだな」
 まだ警備隊が成熟していない頃。何度かこの街にも巡回で訪れている。
 レトロな雰囲気を醸し出す街の概観も手伝って、懐かしさもひとしおだ。

 中世を模った通りを歩き、書を頼りに美術展を探す。
「?」
「どうした?」
「いや・・・・・・。多分、気のせいだ」
 覗きこむ少女に、青年は首を振って答える。
 一瞬、何処からとも無く視線を感じた気がした。


231 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:16:33.46 ID:OyGrqrs90
「――まったく、勘の良い奴じゃ。ほんとにレプリロイドか?」
 灰色のビルの屋上で、双眼鏡を構えた老人が堪らず嘆息を漏らす。
 覗きこむレンズの中で、青年が振り返る素振りを見せた時は、さすがに肝を冷やしたが。
 何事も無く少女と歩き出したところを見ると、どうやら気付かなかったようだ。

「しっかし、お膳立てしてやったのに進展がないとは恐れ入るわい」
 豊な顎鬚を撫で、足元のビニール袋からアンパンを取り出して頬張る。
 遠巻きに「デート」して来いと言ったのに、やっている事と言えば買い食いのみ。
 一度、それっぽい行為もあったが、菓子を指で弾いて口に放り込んだだけで、なんとも色気が無い。

 大体、予想はしていたが、これほど予想通りだと何も面白くない。
 年頃の男女を外に出せば、何かしら面白いものが見れると踏んでいたが、どうやら骨折り損のようだ。
 あわよくば自分が行くべきだった美術展にも参加してくれて、まさに一石二鳥。
 しかし、現実はそれほど上手くいかないものである。

 つまらん――、帰るか。
 荷物を抱えて振り返ると、ふと見知らぬ男性と目が合う。
 制服に身を包み、腕章をした出で立ちは、どうやら警官らしい。
「おじいちゃん。ここで何してるんだね?」
「いや、なに。街並みを観察しとったんじゃよ」


233 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:19:02.21 ID:OyGrqrs90
 さすがに警官相手に、「道端のカップルを覗いてました」と言えるわけもなく。
 咄嗟に思いついた嘘を口走る。
「双眼鏡を使ってかい? 怪しいなあ・・・・・・」

「怪しいとは心外じゃのう」
「最近、多いんだよ。覗きが。身元を証明できるものはある?」
 手帳型の端末を取り出し、警官が尋ねると、老人は自身ありげに胸を張る。

「ドップラーじゃ!」
「よーし、署まで来い」
 老人の肩を掴むと、そのまま強引に屋上の入り口まで引っ張っていく。
「お、おや? おまわりさんや、何処へ連れて行くんじゃ?」

「何が「ドップラー」だ。言うに事欠いて、もうろくジジイめ!
 博士は世界中の人々の為に毎日、寝る間も惜しんで研究に没頭しているんだ。
 こんな所にいるわけ無いだろ!」
「いやいや、いるんだって。ここに」
「まだ言うか! 来い、ブタ箱にぶち込んでやる。そこで頭を冷やせ!」
「あ~れ~」
 中世漂う街の空に向けて、世界権威の間抜けな悲鳴が空しく吸い込まれていった。


234 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:22:51.72 ID:OyGrqrs90
「ここか? 美術展というのは」
「その筈だ」
 もう一度、指令書の内容を確認してマンダレーラが答える。
 大雑把に描かれた見取り図から目を上げると、確かにそれらしい立派な建物が目に入る。
「少々、甘く見ていたか?」
 傍には大きな立て看板が立ち、内部の催しを簡素に伝える。

『白銀の芸術、フローズン・バッファリオ展』

「フローズン・バッファリオ・・・・・・。主宰者の名かな?」
 看板に記された主宰者らしき名前に確信を持てず、ヴァジュリーラが首を傾げた。
 同様に、マンダレーラも看板の名前に怪訝の表情を浮かべる。
 これほどの建物を使って美術展を主催できる人物なのだから、知っていて当然の筈だ。
 だが、何度その名を見直しても、該当する芸術家が浮かんでこない。

「まあ、芸術は名の認知度で量るものではないからな」
 釈然としないものを感じつつ、二人は目的を果たすため建物の入り口に向かう。
 付近まで来るとセンサーが感知して、隙間無く閉じた二枚のガラス戸が二人に道を開けた。
 中に入ると、そこは別天地のように冷気が差し込み、氷の世界を演出する。

「寒い・・・・・・!」
 入場早々、小さな悲鳴を上げ、ヴァジュリーラが肩を抱いて震えだした。
 考えて見れば、彼女の服装は余りこの美術展に相応しくない。
 肩が外気に晒され、足も大部分が剥き出しになっている。はっきり言って拷問である。
「大丈夫か? 受付で何か羽織るものを借りよう」



235 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:25:18.27 ID:OyGrqrs90
 頻りに身を震わせる少女にジャンパーを脱いで掛けてやると、マンダレーラは早足で受付に向かう。
「た、頼むぅ・・・・・・」
 出店で見せていた脅威のバイタリティは何処へ。
 今や少女は顔面蒼白で、入り口から一歩も動けなくなっていた。

「いらっしゃいませ。『白銀の芸術、フローズン・バッファリオ展』へ」
 定型的な挨拶を述べ、受付担当のレプリロイドが愛想笑いを浮かべる。
「入場券二枚と、何か羽織る物を借りたい」
「はい、畏まりました。マンダレーラ様とヴァジュリーラ様、御二方のご予約を受けております」
 受付担当は了解の後におかしな言葉を繋げ、マンダレーラの前に入場券を差し出す。
「予約と言うのは?」

 入場券を受け取ったマンダレーラは、事務室の奥で羽織る物を探す担当に疑問を投げ掛ける。
「はい、事前に「Dr.ドップラー」から連絡を頂きました。行けなくなった自分の代わりに二人を寄こすと」
「つまり、元は博士が招待されていた?」
「そういう事です。――あった」
 ようやく探し物を見つけた担当は事務室を引き上げ、受付に戻った。
 手には厚手のコートが抱えられて、それをマンダレーラに差し出す。


238 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:28:34.11 ID:OyGrqrs90
「すみません。二着あった筈なのですが、今は、これ一着しか見当たりません・・・・・・」
「構わない」
 申し訳なそうに頭を下げる担当からコートを受け取り、青年はすぐに少女の下に戻る。
 ジャンパーの上からコートを着せ、裾を直してやると、ようやく全身の震えが止まる。
 それを見計らい、マンダレーラは少女の肩を押して奥へ促す。

 ヴァジュリーラは頻りに身を揺り動かして身体を温めると渋々、従った。
 どうやら寒いところが極端に苦手のようだ。
「何故こんな所で美術展なんかするんだ・・・・・・。理解できない」
 嘆くようにぼやくと、少女は奥へ進もうとする青年の横に並んで歩く。
 そんな二人が連れ添って奥へ消えた頃。
 ふと受付に立つ担当者は顎に手を置いて考えていた。
 確かにコートは二着、博士の依頼で用意していた筈なんだがなあ・・・・・・。


 氷点下を下回る寒気の中。二人は展示物らしき作品を見て周る。
 ――なるほど、博士が来ないわけだ。
 奥に進むに連れて、徐々に寒さが厳しくなってくる。
 老体にこの冷え込みは相当、堪える筈だ。
 横では、展示物を物珍しげに眺めるヴァジュリーラの姿がある。

「凄いな、氷とはこれほど美しい物なのか」
 感嘆の息を漏らし、少女は目の前の氷を欠いて作られた彫像に見入る。
 その意見には、マンダレーラも賛成した。
 前にあるのは確かに氷の筈だ。


240 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:31:28.59 ID:OyGrqrs90
 しかし内部に泡を残さず、一切の曇りを無くしたものは、世の貴金属に勝るとも劣らない優美な輝きを放つ。
 純度の高い水晶を思わせるそれは、更に洗練された技術によって芸術品へ昇華される。
 本来、冷たいだけの固体が見事に見る者の心を捕らえて離さない。

 フローズン・バッファリオと言ったか――。無名と思っていたが、とんでもない。
 自身の認識を改め、マンダレーラは少女の横で同じ展示物に目を向ける。
 雄の獅子を模った彫像は、たてがみを雄雄しく逆立てて、今にも咆哮を上げそうだ。
「主宰者はどのような人物だろうな。名前から察するに男だと思うが――」
 半ば興奮気味に、ヴァジュリーラが彫像の製作者を予想する。

「そうかな? 女かもしれない」
 大胆な構図の物が多いが、どの作品も共通して技巧が細かい。
 とくに躍動感を演出するたてがみの再現は、女性ならではの繊細さを窺わせる。

「もし――、殿方」
 果たして、製作者の容姿に想像を働かせていると、不意に横から話しかけられた。
 殿方であるから恐らくは自分のことであろうと、マンダレーラは周囲を一瞥した後、相手に視線を向ける。
 見れば、ヴァジュリーラと同じ質のコートを着流した長身の女性が、口元に手を当てて不思議そうに青年を眺めていた。
「なにか?」


242 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:34:45.83 ID:OyGrqrs90
 訝り応えると、女性は瑪瑙色の目を瞬かせて、やはり不思議そうに首を傾げる。
 そして躊躇いつつ、自前の藍色の長髪を指に絡ませると、意を決したように口を開く。
「あのう・・・・・・。その格好、寒くありませんか?」
「格好――」
 言われて、ようやくマンダレーラは会場内で自分が異質であると自覚した。
 氷点下の会場をシャツ一枚でうろついていたら、誰しも不審に思うはずである。

 だが、マンダレーラは自覚して尚、とくに問題なさそうに振舞う。
「ええ、寒いですよ。しかし、我慢できないほどじゃない」
 事も無げに呟くと、女性は「まあ」と、口元を手で覆って上品に驚く。
「やはり男の方ですね。私など、主宰の身分でありながら寒くて、寒くて・・・・・・」
「主宰?」
 温かみのある微笑を浮かべる女性の言葉に、ヴァジュリーラが反応する。

「はい、申し遅れました。私、当美術展主宰。フローズン・バッファリオと申します」
 胸に手を当て、恭しくお辞儀する姿は、それ自体が一つの作品になり得る。
 優雅な立ち居振る舞いを披露する主宰に、ヴァジュリーラが嘆息漏らす。
「てっきり男かと・・・・・・」
「皆さん、そう仰いますね。――貴方は、驚かれないのですか?」


244 :以下、佐賀県庁にかわりまして佐賀県民がお送りします :佐賀暦2006年,2006/11/07(佐賀県警察) 12:37:28.68 ID:OyGrqrs90
 目を丸くする少女と対照に、眉一つ動かさない青年に話を振る。
「特に・・・・・・。彫像に対する細やかな気配りは、男では無いだろうと感じていました」
「まあ、そう言って頂いたのは初めてですわ」
 青年の言葉に、バッファリオは頬を染めて、本当に嬉しそうにはにかむ。
「む」
「どうした?」
 何やら横から唸るような声を聞き、少女に目を向ける。
 しかし返答は貰えず、違和感を残しながらもマンダレーラは主宰に向き直った。

「今回、所用で参加できなくなった、Dr.ドップラーの代理で来ました。
 マンダレーラBBとヴァジュリーラFFです。この度のお誘いに感謝します」
 招待客であると伝え、代理で来たことを述べると、バッファリオは得心したように頷く。

「ええ、伝え聞いております。残念ですが、用事ではしかたありませんものね?」
 一瞬、肩を落として残念がるが、バッファリオはすぐに主宰の顔に戻った。
 そして、二人を先導するよう手を差し伸べる。
「ご案内しますわ。付いていらして」

FFの警備日誌2


 前日の一件から数日の間。俺ことヴァジュリーラFFは単独で巡回を行っている。
 理由はマンダレーラの定期メンテナンスのためだ。
 彼は脅威に対して真っ向から立ち向かうコンセプトだから、劣化が激しいらしい。

 目には触れないが、色々と身体を張って職務を全うしているのだ。
 悲しいが平和なドッペルタウンと言え、完全な無犯罪ではない。
 そういうことだから、今日は独りで警護しなくてならない。

「エクスプローズ・コーンをくれ」
 通りかかった折、偶然、露店を見つけたのでそこで菓子を買う。
 念を押すが『偶然』だ。他意はない。

 それを頬張りながら歩いていると、公園に差し掛かったところで嫌味な縞模様が目に飛び込んでくる。
 そいつもこちらを目敏く発見したようで、すぐさま舌打ちを打った。
「君か、小娘」

「名前もロクに覚えられないのか? 猫というのは困り者だ」
 互いに挑発を行うと、その場だけ異質な空気が流れる。
 しかし、猫もとい、タイガードは溜息を吐いて、邪念を払うように首を振った。

「止めよう、無為に時間を消耗するだけだ」
「道理だな」
「……何をしに現れた。事としだいによっては豆をくれてやるぞ?」

手に持った豆を摘んで、タイガードが言った。
 足元にばら撒いていたのだろう、周りには頻りにそれを啄ばむ鳥の類が集まっている。
「いや、通りかかっただけさ。あるとすれば、――あまり都会の鳥に餌をくれてやるな」

「程度は弁えているつもりだ。用が済んだなら去ね」
「言われるまでもない」
 獣臭い奴を背に、俺は歩道に出た。

「そういえば、マンダレーラはどうした。一緒ではないのか?」
 背に掛かったタイガードの言葉に、俺は足を止めて振り返る。
「彼ならメンテナンスだ。会いたければラボにでも来い」
 挑発的に鼻を鳴らして答えてやる。しかし、不思議なことに乗ってこない。

 代わりに、奴は何かを悟ったような神妙な面持ちをして、嘆息を吐いた。
「そうか、彼は繊細な心の持ち主だからな。『誰か』と違って綿密に審査しなくては、な?」
「誰かとは……?」

「察しの悪いお嬢さんだな……。暗に誰を指しているのか理解できないのかね?」
「猫野郎……、只では済まんぞ?」
「相当、豆が食いたいらしいな? 好きなだけ地面に転がった奴をねじ込んでやろう――」




 ――諌める存在が皆無ならば、とことんまで遣り合う。
 お陰で巡回は台無しになり、夕日が照ってくる頃には砂埃に塗れた俺たちの姿があった。
 互いに仰向けになって、疲労困憊を示すよう肩で息をする。

「やるじゃないか……」
「そっちこそ……、伊達に『ジャングルの守護神』なんて二つ名を持っていないな……」
 俺が言うと、タイガードは爽やかな表情をして笑った。

 釣られて俺も笑った。
「汚れてしまったな。銭湯にでも行くか?」
 立ち上がって全身の埃を叩きながら、タイガードが俺に提案する。

「セントウ? 風呂屋が近くにあるのか?」
「ああ、こう汚れ切ったときに、たっぷりの湯で洗い流すと格別なのさ」
 入る前から恍惚の表情を浮かべるそいつを見て、俺もまんざらでない顔をする。

 かくして、俺とタイガードは古風な建物の前にやってきた。
 看板には『七つの湯の破壊風呂』とある。
 ……何を破壊するのだろう? 疲れか?

困惑する俺を傍目に、タイガードは一切迷わず引き戸を潜る。
 俺も取り残されないよう、その背に続く。
 番頭らしき人物から桶を拝借して、女湯の脱衣所に向かう。

「ザリガニ及び、海老が経営しているわけではありません」
「そうか」
 力強く念を押す番頭の言葉を聞き流し、俺たちは脱衣所を抜けて女湯の戸を開けた。

「広いな、より取り見取りじゃないか」
 眼前に広がる色取り取りの湯に目を走らせて、俺は感嘆の声を漏らす。

 その横で、タイガードも嬉しそうに頬を緩ませる。
「しかも、貸切りのようだ。のんびりと堪能することにしよう」

 すぐに湯に浸かりたい衝動を抑えて、まずは全身の洗浄を行う。
 俺たちは隣同士に腰掛け、蛇口を捻って桶に湯を溜める。
 それを待つ傍ら、ふとタイガードの裸体を覗いた。

「……ふ~ん」
「なんだ、そのいやらしい顔は?」
 全身を繁々と眺められ、タイガードが不快そうに眉を寄せる。

 しかし、そんなことなどお構いなしに、俺は彼女の胸辺りを見詰めた。
 そして、視線を正面に戻す。
「案外……、小振りなんだな」

「んなっ!?」
「俺の勝ち~♪」
 桶に溜まった湯を頭から被りながら、横からの驚愕の声を余裕の表情で聞きとる。

「す、スケベ、どこを見ているんだ! それに、女の価値はこんなものでは決まらない!」
「それでも俺の方が大きいので俺の勝ち」
「ぐむぅ……」

 以後、身体を洗っている間、タイガードは一切口を開かなかった。
 それから風呂に浸かり、全身を駆け巡る快感に浸る頃、不意にタイガードが口を割った。
「胸の大きさなど、幻覚に過ぎん……」

「まだ引きずってたのか? はいはい、悪かった、悪かった」
 渋い顔をして睨むタイガードを横目に、おざなりな謝罪を口にする。
 全身を包む湯の気持ちよさが内面に染み込むようだ。

「気持ちいいなあ……」
「そうだな……」
 同じ考えを口にして、暫く俺たちは湯の温かさを堪能する。

 どれ位時間が経過したのか。ふと視線を脱衣所に向けると、新たな客の姿が浮き彫りになる。
 爬虫類のような流線型の尻尾を揺らし、脱衣所のシルエットが歌を口ずさむ。
「誰か~、背中抱いててくれ~……独りきりじゃ寂しすぎて~」

「!? 出るぞ!」
「……は?」
 突然、風呂から立ち上がったタイガードが、顔面を引きつらせて俺の肩を掴む。

「何を言ってるんだ? 出るなら一人で出てくれ。俺はもう少し温まってからにする」
「浅はかな……、これは親切心で言っているのだぞ? ああ、入ってきた。私は出る!」
 喚きながら、タイガードは足早に脱衣所に向かう。

 それを可笑しげに眺めていると、問題の客が引き戸を豪快に開け放って入場してきた。
 ちょうど戸に手をかけようとしていたタイガードと肉迫し、ぶつかりそうになる。
「どひゃ!」

「ひっ!?」
 自分より大分背の低い相手を前に、タイガードが悲鳴をあげて背後に飛び退く。
 互いの顔を見合わせて、イの一番、背の低い少女が口を開いた。

「あれ、タイガードの旦那やん? 珍しいなあ、久しぶりやね」
「や、やあ、ナマズロス……。久しぶりだな……」
 変なイントネーションの少女を前に、タイガードが顔を引きつらせて手を上げる。

「入っとったん? なら、今日の変わり湯はなんか知っとります?」
「私は身体を洗いに来ただけだから、よく知らないんだ。失礼する!」
 有無を言わせぬ勢いで喋ると、彼女はナマズロスに接触しないよう身をくねらせて、脱衣所に飛び込んだ。

「変なの……。ま、ええか?」
 ナマズロスは桶を抱えて、鼻歌混じりに席に着いた。
 桶に湯を溜めている間、彼女は常に喋りっぱなしだ。

「草津~良いとこ、一度はお出で~……って、何が草津や! あははは!」
 一人ノリつっ込みを大音声で披露するナマズロスは、周りに自分しかいないという認識のようで、
 気持ち良さそうに浸かる俺のことなどお構いなしだった。

 不快に眉をひそめていると、ナマズロスも身体を洗い終えたらしく、
 滑らかな尾を揺らしながら助走を付け、一目散にこっちに向かってきた。
 どうやら飛び込むようだ。

「おい、人が浸かっているんだぞ!」
「ひゃっほーい!」
「うひゃあ!?」

 静止を聞かず、ナマズロスが湯に飛び込んだ瞬間、全身に凄まじい電流が走り、
 俺は間抜けな悲鳴を上げて風呂から飛び上がった。
 尚も電撃は全身を駆け巡り、ついには視界までがぼやけてくる。

「おい、大丈夫か!?」
 俺の悲鳴を聞きつけて、脱衣所からタイガードが飛び出してきた。
「あ、あわわわ……」

「言わんこっちゃない……。『エレキテル発電所』と風呂に浸かるなんて、ただの自殺だ」
 タイルの上に転がる俺を見下ろし、タイガードが痛ましげな視線を落とす。
「……私も酷い目に遭った……」

 『経験者は語る』だったらしい。今更だが、タイガードの忠告を聞き入れるべきだったと思う。
 暗転していく意識の中、暖かい靄の向こうで帯電して爆ぜる水の音を聞いた。

 次に目を覚ましたのは、それから五日後のメンテナンスベッドの上だった。
 以来、俺は銭湯に近づいていない。

 ……ん? ドッペルタウン? その日も平和だったそうだ。

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