VIPロックマンまとめ

Short StoriesX -14-

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匿名ユーザー

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More than subordinate



――隊長ぉー!
こちらに走り寄る少年。満面の笑顔が、少年の白い肌で咲く。

――隊長、大好きです!
頬が赤に染まり、少年は顔を近づけ――

けたたましい鈴の音が鳴る。
目覚ましが奏でる騒音に、金色の髪を枕に散らす女が目を開けた。

彼女の瞳が映すのは、駆け寄る少女のような顔をした少年ではなく、しみの無い天井だ。

「くそっ……」
目覚めよ、と喚く時計を叩き潰し、女はかかるシーツを跳ね除ける。
薄手の布から現れたのは、小さなクマがいくつも描かれた寝間着の女。

寝台から立ち上がり、長髪をかきあげる女の端正な顔に、ひどく不機嫌な表情が現れる。
女は手櫛で蜘蛛の巣のように散らばる髪を整え、狭くも広くもない自分の部屋の出入り口に向かった。

扉を開け、目前に出現する廊下の壁を右に曲がる。
突き当りにまた扉があり、その先にはダイニングルームが広がった。

茶色のドアを開閉する女の前に、エプロン姿の男女が料理を並べてある机を挟んで座っている。
男のほうは、白髪が後ろに流れる初老の男性で、もう片方は犬型のメットを被ったレプリロイドだった。

「その姿は不愉快です、ケイン様」
茶碗に盛り付けられた炊かれた米、目玉焼きにサラダ、料理の端に味噌汁と典型的な朝食が置かれている。
新たに加わった焼いた魚と肉じゃがの位置を確認している、犬耳の少女が口を開いた。

彼女の前で黙して新聞を読む、ケインと呼ばれた男が紙面から目を離し、鼻を鳴らす。
鋭利な眼光で、紫紺の装甲の上にエプロンを着る少女を貫いた。

「朝から、犬に駄目出し……たまらんね。何様のつもりだか、知らないが」
読んでいた新聞を折り畳んで、不愉快そうに顔を歪める。
ケインは机の隅に情報が詰まる紙を置き、視界を横に流した。

そこで、入ってきた女と視線を合わせる。
扉にもたれ掛かる女は、二人の姿を苦笑気味で見つめていた。

「おはよう、シグマ」
女をシグマと呼び、ケインは朝の挨拶をした。
ケインの声に犬型の少女は耳を逆立て、勢い良く振り向く。かち合う、少女の紫紺と女の苦笑。

「わふっ!? お、おはようございます、シグマ様」
焦燥に、手にしていたしゃもじを振り回し、少女も女に挨拶をする。

「父さん、ベル、おはよう」
挨拶を返す女――シグマは背を扉から引き剥がし、片手を挙げて机に向かった。

三人の男女が、食台の席に座る。
シグマの登場を待っていた少女は、せっせと彼女の前に朝食を運んだ。

ケインとシグマも手伝い、先の二人と同じ献立が並べられる。
そして、食事の開始として手を合わせる三人。

「今日は私も作りました。その肉じゃがは、私のお手製です」
最初に肉じゃがを中身とする碗に手をつけるシグマへ、犬耳を生やす少女がはにかんだ。

「そうなのか……偉いぞ、ベル。父さんに料理を習っているんだな」
シグマは笑い、少女の頭を優しく撫でてやる。その行為に対して、少女は目を細めて喜んだ。

二人を尻目にしてケインは、少女が作った肉じゃがを口にする。
口内に放り込み、ゆっくり咀嚼したケインが渋い顔をした。

「まずい……とても」
冷たい感想が、微笑みあう二人の間に流れる。
シグマと少女は頬を引き攣らせ、ケインの次の言葉を待った。

「見た目が普通なため、何のコメントも出来ない。とにかく、まずい」
箸を置くケインは容赦を知らない。
まずいと評される料理を作った少女は、目尻に涙を溜め、しかし怒りを露に拳を握り締めた。

その手で、黒の載る目玉焼きを投げつける。
醤油がかけられた卵料理は、ケインの胸へと白い身を激突させた。

胸が黒く染まるのを眺め、こめかみに青筋を立てるケイン。

「――修行中なんです。あぁ、そろそろ年金生活をしますか? ケイン様」
「お前の余生は無いと思え、ベルガーダー」
怒りとあしらいの鍔迫り合いをするが、シグマの咳払いで、二人は大人しく剣を収める。
ベルガーダーはケインの顔を睨みながら、魚に箸の先を入れた。

しばらく三人は、会話も無く食事をする。窓から朝日が零れる部屋に、食器と箸が当たる音だけが響いた。

「ほら、朝食も作れたもんね。だけど、あまり美味しくない……」
先に食べ終わったシグマが、もう一度手を合わせて席を立つ。
リビング――ダイニングルームに横付けされた、広い空間の隅に置かれる洋服掛けから薄手のコートを抜き取った。

「君が作ったのなら文句も……思いっきり言えたのに……」
睨みあっていた二人は、何故か一緒に歌い始める。

シグマは洗面所へのドアを開け、身なりを整えた。歯ブラシを手にし、整った白い歯を磨く。

顔を丁寧に洗い、また自分の部屋へと戻った。
しばらくしてリビングに再び現れた時には、シグマが着るのはパジャマではなく、黒で統一されたシャツとスラックスの出で立ちだ。

「もし、君に一つだけ……強がりを言えるのなら……」
二人の歌声を聴きながら、腕に抱えた茶色のコートを羽織る。だらしなく垂れ下がったネクタイを締め、出勤のスタイルを完了させた。

「もう恋なんてしない、なんて……言わないよ、絶対」
「仲、良いなぁ」
朝食を摂りながら、にこやかに歌う父親と家族に、シグマはぽつりと感想を漏らす。
先ほど喧嘩をしたかと思えば、仲良く歌唱に興じる――シグマは、彼等の友好関係の法則性を見出す事が出来ない。

「それじゃ、行ってきます。――あ、父さん。せっかく、ベルが作ったんだから、酷い事を言わないでください」
声を後ろに投げながら、シグマは玄関へと向かう。途中で足を止め、二人へと振り返った。

「善処しよう」
娘の窘めに、ケインが手を振る。

「それと、ベル。にんじんを残さない」
「きゅーん」
皿で残るスティック状にされた赤い野菜に、ベルガーダーは耳を伏せた。

「では」
最後に微笑み、金髪の女――第17精鋭部隊隊長であるシグマが、温かみを帯び始める外へ。

「あぁ、行ってらっしゃい」
「シグマ様、お気をつけて」
その背にケインとベルガーダーが、見送りの言葉をかけた。

―2―

咳き込むような排気音を吐き出し、硬質な青をペイントされた乗用車が薄暗い世界で止まった。
ドアを開け、車から出るのはシグマ。
飛び出した厳ついブーツの底を、コンクリートの地に付ける。

左右で車が規則的に並ぶ。天井で乱立する照明が、辺りをほのかに白くする地下駐車場。
シグマの勤務先――ハンター本部が持つ施設の一つだ。

「――もう復帰か」
本部へのエレベーターに足を進めるシグマの前方から、騒音と共に声が流れる。
タイヤの大きい自動二輪車が、滑るように現れた。

革のジャケットにジーンズと、未舗装路でも快適に走行できるバイクに相応しい乗り手が、漆黒のメットを脱ぎ捨てる。
メットから溢れる桃色の頭髪。
前髪で右目が隠れる女が、シグマに笑いかけた。

「あぁ、マンドリラー。世話をかけたな……もう、大丈夫だ」
シグマはばつが悪そうに頭をかき、苦い笑みを浮かべる。

「もう少し、養生しても良かったのにな」
「それは悪いよ。隊長の身なのに……こんな軽症で、二週間も休んだ自体が申し訳ない」
目に悪いピンクの頭髪を生やす女の言葉に、シグマの表情は苦いものから暗澹なものへと変わった。
治療したはずなのに痛みを感じ、自分の肩を押さえる。幻痛に、シグマは顔を歪めた。

「全滅だなんてな……。何の為に、あれだけ訓練したんだか……」
部下であるマンドリラーの言葉にも、暗い感情が混じる。

「気を病むことは無いぞ、隊長。あれは……そう……仕方がなかったんだ」
シグマへよりも、自分へと言い聞かせるようにマンドリラーは言葉を選んだ。
そうかな、とシグマは曖昧に応える。

「遺産とやり合うなんて……こちらは想定していなかったんだし――」
「私は大丈夫だ。割り切っては、ある。…………一応」
マンドリラーの慰めを遮り、首を振るシグマ。

「そうか……。なら、良いんだがな」
それ以上は何も言わず、マンドリラーは肩を竦めて会話を中断させた。

「ありがとう、マンドリラー」
シグマの礼を耳に入れながら、自分のバイクをマンドリラーは白い枠線に停車させる。
降車し、鍵を抜き取るとシグマの横へと並んだ。

金と桃の二人は、エレベーターへと向かう。
鋼鉄の四角い箱は、白い指に押されるスイッチに触発され、上昇下降する身を駐車場の階に落ち着かせた。

乗り込み、彼女等が次に降り立つ階は巨大なホールだった。
吹き抜けがある空間は、広大さを見る者に与えるだろう。

四つの回転扉を持つ玄関――その前方に、半円状の受付がある。笑みをたたえる二人の女性型レプリロイドが、応対していた。

受付を左右に抜ければ、観葉植物が並ぶ広間が設えている。二つ置かれた小型の噴水から、川のせせらぎとして水流が広間を縦に割った。
その先は、様々な場所へ向かうエレベーターだ。その数、六つ。

広間の右はガラス張りの休憩室になり、複数の男女が席を挟んで談話している。
透明な壁は分厚く、騒音防止かつ防弾のようだ。

左手にもガラス張りの空間があるが、休憩室ではない。自動に開閉するドアの上に、食堂と表記された看板が見下ろす。
談話する間とは違い、食堂には人が少なく、閑散としていた。

玄関の奥に位置する、地下階とホールのみを上下するエレベーターから現れた二人が、大理石で構成された床を踏みしめた。

「私は朝飯抜きだったから、食堂に行くかな。隊長はどうする?」
マンドリラーが腹を撫で、横に立つシグマに小首を傾げる。

「そうだな……エックスと新人の顔でも見てくるよ。――なるべく、朝食は抜かないように」
「善処するよ」
シグマの忠告に、桃色の影はどこかで聞いたような答え方をして背を向けた。

「じゃ、後で」
食堂に向かいながら、マンドリラーは手をあげる。あぁ、とシグマも短いのを返し、マンドリラーとは別の道を歩んだ。

「と、言っても……何処に居るのやら」
広間をぶらぶらとしながら、シグマが呟く。
書類を抱えたレプリロイドや銃を肩から提げるハンターが、そんな彼女を横切った。

室内というイレギュラーな場所に流れる、人工的な川の音を聞きながら、シグマは当てのない旅をする。

「隊長!」
だが、直ぐに彼女の旅は終わりを告げた。その理由が、こちらへ駆けてくる。
蒼い装甲を纏った、少女の顔をした、しかし少年であるレプリロイドが走ってきた。

シグマの胸が、どきりと高鳴る。手術室で会った以降、シグマは少年と二週間程会っていない。
何がしかの感情に、シグマの頬が少しだけ赤く染まった。

「エックス……」
「もう治ったんですか!? わー、隊長だ!」
慌てて、冷静になるようAIに働きかけ、シグマはエックスの両腕を受ける。少年の手が、彼女の腕を取った。

「ちょ、ちょっと恥ずかしい……」
広間である事から、人目を気にし、それでも少年の腕を振りほどかずシグマは言う。
あ、と少年――エックスは握る手を剥がし、頭を下げた。

「迷惑かけたね……もう、私は大丈夫。また一緒に仕事が出来るよ」
「えぇ! 嬉しいなぁ、隊長が復活して」
腕の代わりに、メットの無い茶色の髪を撫でてやる。エックスは、くすぐったそうに身体をよじった。

「あの、隊長の今日の予定は?」
「うーん……特には無いかな。エックスも無ければ、どこかで話でもしようか」
目を細めながらエックスが尋ねる。
髪の感触に心地よさを感じるシグマは、予定を聞く少年に提案をした。

「はい! 僕でよければ、ご一緒します」
満面の笑み。
エックスの喜び様は、提案したシグマが驚くほどだった。

「そうか。じゃあ、屋上とかかな。事務所でも良いけど」
少年の小さな手を取り、エレベーターに向かう。
手を繋いで仲良く歩く二人は、身長差から姉弟のようだ。エックスの背が低い訳では無いが、長身を隣にするのが原因の一つではある。

「新人の子とは仲良くしてる?」
「うぅー……。なんというか……良い子だけど……悪い子?」
笑みを称える少年と女は、繋いだ手を振って話しながら進む。
位置に着いた二人はエレベーターに乗り込み、その姿は閉まる鉄の扉によって覆われた。

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